30回上之町誌編纂会議

 

 

日時・場所:平成24年1月31日

 

 

上之町会館(新)

 

 

出席者:10名

 

 

協議事項:1 上之町会館の完成で新しい会館の会議室で披露目。

 

 

2 新上之町会館をできるだけ使用する。

 

 

資料検討:「上之町舞台」と「いとよし座」について

 

 

   上之町育成会の資料(ノート)

 

 

その他:座談会 昼食の用意(パンと飲み物)。

 

 

資料紹介:上ノ町にあった「上之町舞台」・「いとよし座」・「大正座」・「新装上之町会館の舞台」

 

 

上之町舞台

 

(左の資料は、)明治9年1月1日調べの上之町の戸籍の総計を調べたものである。上之町の人口統計・商業分類・役職などの数が調べられていて、当時の実態が分かる。

その中で、「演戯場 一」と記載がある。おそらく、「上之町舞台」と呼ばれている劇場であると思われる。

上之町北側、合いの道にあった小屋で、明治の初期に沼田で唯一の芝居小屋であった。

 

(右の資料は、)明治6年10月18日に「歌舞伎興行、坂東久理左外拾壱人」の興行願いである。この中の左から二行目に「沼田上之町芝居小屋者借家におゐて‥‥」とある。上記「演戯場」のことであると思われる。

 

上之町「いとよし座」

 

明治20年代ころ、上之町南側に東京の「新富座」を模して新築した劇場で、「いとよし」の字は、直の字を三つ重ねて書くと言われている。師星五郎左衛門・城光同・生方幸助など、上之町の共同経営であった。(『沼田市史資料編3』)

明治24年ころ、興行中の火事で焼却してしまった。

 

大正座

 

大正4年、馬喰町に映画常設館として新築・開館される。このときも上之町の人たちの共同経営であった。映画が発明され、世界的に映画の人気が盛んになり、沼田町でも映画常設の劇場が望まれた。映画は無声映画で、楽団が奏で、弁士による説明の時代であった。

映画がトーキーとなり、大正から昭和に時代が変わると、「昭和館」と名称を変えたが、廃館となった。

 

上之町会館の舞台

 

平成24年1月18日、新装上之町会館に、また演芸舞台ができる。

 

 

 

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